セルフレジ特許訴訟Ⅲ

アスタリスクがユニクロを運営するファーストリテーリングに続いてさらにジーユー(GU)も特許侵害で訴えた特許権侵害訴訟(セルフレジ特許訴訟セルフレジ特許訴訟Ⅱ参照)で、争われている特許権について、特許無効審判の審決が出たので報告する。

特許第6,469,758号を無効とする審判請求「無効2019-800041」の審決である。

特許第6,469,758号(本件特許)は請求項1~4の4項が特許として認められている。

無効審判の過程で、特許権者(アスタリスク)がその請求項を訂正した。

審決では、請求項1~4の訂正を認めた上で、訂正後の請求項1,2,4の発明については特許を無効とし、訂正後の請求項3は「審判請求は成立しない」とした。つまり、訂正後の請求項3は、特許権が否定されなかった。特許権者(アスタリスク)は特許侵害訴訟を継続することができる。

どんな請求項が特許性を否定され、どんな特許権が生き残ったのか、具体的に調べてみた。

  特許6469758
の登録時
無効2019-800041
における訂正
審決
請求項1   物品に付されたRFタグから情報を読み取る据置式の読取装置であって、   物品に付されたRFタグから情報を読み取る据置式の読取装置であって、 無効
  前記RFタグと交信するための電波を放射するアンテナと、   前記RFタグと交信するための電波を放射するアンテナと、

  前記アンテナを収容し、前記物品を囲み、該物品よりも広い開口が上向きに形成されたシールド部と、
 上向きに開口した筺体内に設けられ、前記アンテナを収容し、前記物品を囲み、該物品よりも広い開口が上向きに形成されたシールド部と、
を備え、 を備え、
  前記シールド部が上向きに開口した状態で、前記RFタグから情報を読み取る  前記筺体および前記シールド部が上向きに開口した状態で、前記RFタグから情報を読み取る
ことを特徴とする読取装置。 ことを特徴とする読取装置。
請求項2   前記アンテナよりも前記開口側に配されて、前記物品が載置される載置部を備えた請求項1に記載の読取装置。   前記アンテナよりも前記開口側に配されて、前記物品が載置される載置部を備えた請求項1に記載の読取装置。 無効
請求項3   前記シールド部は、   前記シールド部は、 残った権利
    前記電波を吸収する電波吸収層と、     前記電波を吸収する電波吸収層と、
    前記電波吸収層の外側に形成され、前記電波を反射させる電波反射層と、     前記電波吸収層の外側に形成され、前記電波を反射させる電波反射層と、
を備えることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の読取装置。 を備えることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の読取装置。
請求項4   請求項1~請求項3のいずれかに記載の読取装置と、   請求項1~請求項3のいずれかに記載の読取装置と、 無効
  前記読取装置と通信可能な情報提供装置と、   前記読取装置と通信可能な情報提供装置と、
を備え、 を備え、
  前記情報提供装置は、   前記情報提供装置は、
    前記物品に関する物品情報を前記RFタグの情報に対応付けて記憶する記憶部と、     前記物品に関する物品情報を前記RFタグの情報に対応付けて記憶する記憶部と、
    前記読取装置から前記RFタグの情報を取得する取得部と、     前記読取装置から前記RFタグの情報を取得する取得部と、
    取得した前記RFタグの情報に対応する前記物品情報を前記記憶部から抽出して提供すべき情報を生成する情報生成部と、     取得した前記RFタグの情報に対応する前記物品情報を前記記憶部から抽出して提供すべき情報を生成する情報生成部と、
    生成された前記提供すべき情報を出力する出力部と、     生成された前記提供すべき情報を出力する出力部と、
を備える情報提供システム。 を備える情報提供システム。

 シールド部が、「上向きに開口した筺体内に設けられ」ていて、そのシールド部が「電波吸収層と電波反射層とを備える」ことが要件として追加されたことになる。

〔考察〕

追加された要件が、特許侵害訴訟にどう影響するのかは、ユニクロの実施態様による。GUは別の特許(特許6541143)で訴えられているので、直接にはこの審決の影響を受けない。

特許権が生き残った訂正後の請求項3は、シールド部が電波吸収層と電波反射層との両方を備えることが要件とされているのに対して、GUを訴えている特許6541143では、シールド部が電波吸収層と電波反射層と一方または両方を備えることが要件とされており、電波吸収層と電波反射層のどちらか一方がなくても権利範囲に含まれるので、権利範囲が広い。

今後どうなるか?

無効審判は裁判の三審制の第一審に相当するので、高等裁判所さらには最高裁判所へ控訴、さらに上告することができる。どちらも提訴しないか、裁判で判決が確定するまでは、特許権の範囲について決着しない。

ユニクロのセルフレジで電波吸収層と電波反射層の両方が使われているとすると、ファイストリテーリングは知財高裁に審決取消訴訟を提訴する可能性が高い。一方、ユニクロやGUのセルフレジでは、電波吸収層か電波反射層の片方しか使われていないとすると、アスタリスクが特許6541143を使った特許侵害の主張に軸足を移すことになると考えられる。

セルフレジ特許訴訟Ⅱ

アスタリスクがユニクロを運営するファーストリテーリングを特許侵害で訴えた特許権侵害訴訟。アスタリスクは、さらにジーユー(GU)も訴えた。http://asx.co.jp/news/?p=574

同じ特許で2社を訴えることになったのかと思いきや、根拠となっている特許が異なることがわかったので報告する。

〔対ファーストリテーリング(ユニクロ)〕
 2019/9/24 東京地裁へ差し止め仮処分を申立て 根拠:特許第6,469,758号

〔対ジーユー(GU)〕
 2020/6/16 大阪地裁へ差し止め仮処分を申立て 根拠:特許第6,541,143号等

これらの特許がどんな関係にあるのか?

上の図のように、特許第6,469,758号と特許第6,541,143号とは、同じ特許ファミリーである。

では、具体的には何が違うのか?請求項1どうしを比較してみた。

特許第6,469,758号特許第6,541,143号
  物品に付されたRFタグから情報を読み取る据置式の読取装置であって、 物品に付されたRFタグから情報を読み取る据置式の読取装置であって、
  前記RFタグと交信するための電波を放射するアンテナと、 前記RFタグと交信するための電波を放射するアンテナと、
  前記アンテナを収容し、前記物品を囲み、該物品よりも広い開口が上向きに形成されたシールド部と、前記アンテナを収容し、前記物品を囲み、該物品よりも広い開口が上向きに形成されたシールド部と、
を備え、を備え、
 前記シールド部が上向きに開口した状態で、前記RFタグから情報を読み取る 前記シールド部が上向きに開口した状態で、前記RFタグから情報を読み取り、
  前記シールド部は、
前記電波を吸収する電波吸収層と
前記電波を反射させる電波反射層のいずれか一方または両方を含む
ことを特徴とする読取装置。ことを特徴とする、読取装置。

特許図面(特許6541143の図3)を参照して、明細書に「図3に示すように、シールド部44は、電波反射シート38が電波吸収シート40を包囲するように電波吸収シート40の外側に形成されている。」と説明されている。特許6541143の請求項1では、電波吸収層と電波反射層の両方が必要と規定しているのではなく、一方でも良いと規定されている。

特許第6,469,758号では、電波反射層も電波吸収層も含まないシールド部を使っている読み取り装置も特許権に含まれるのに対して、特許第6,541,143号では少なくともどちらか一方が使われていないと特許権の範囲に含まれない。このように、特許第6,541,143号の方が,少し範囲が狭くなっている。

〔簡単な考察〕

 特許要件は多い方が一般的に権利範囲が狭くなる。(A*B*Cの方がA*B*C*Dよりも権利範囲は広い) 一方、要件が多くて権利範囲が狭い方が、新規性や進歩性がないことを理由に特許権が無効にされるリスクは下がる。追加された要件Dまで含めた技術まで開示・示唆された公知文献を示さないと、新規性・進歩性を否定することができないからである。

 特許侵害訴訟には、訴えられた側(被告側)から原告の特許権について無効審判が申立てられることが多く、この事例でも同様である。

特許第6,469,758号には、無効2019-800078と無効2019-800041の2件、
特許第6,541,143号には、無効2019-800089の1件の無効審判が請求されている。

 原告のアスタリスクは、無効審判を経ても生き残る可能性が高い、より権利範囲の狭い特許を根拠として侵害訴訟を争うことにしたものと考えられる。

セルフレジ特許訴訟

「ユニクロが訴えられたセルフレジ特許 単純だから強力」という日本経済新聞の記事があった*1)ので紹介する。
*1)2019/11/5付日経xTECH https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51957600Y9A101C1000000/

どんな風に単純なのか、そんな単純な技術がどうやって特許されたのか、少し詳しく調べてみた。

まず、特許訴訟について
原告(特許権者): (株)アスタリスク*2)
被告: ファーストリテーリング
対象特許: 特許第6469758 号

〔どんな風に単純なのか〕
特許された請求項1と代表図を引用する。RFタグを付けた物品を囲んで上向きに開口しているシールド部を備えていることが特徴。

【請求項1】
  物品に付されたRFタグから情報を読み取る据置式の読取装置であって、
  前記RFタグと交信するための電波を放射するアンテナと、
  前記アンテナを収容し、前記物品を囲み、該物品よりも広い開口が上向きに形成されたシールド部と、
を備え、
  前記シールド部が上向きに開口した状態で、前記RFタグから情報を読み取ることを特徴とする読取装置。

〔どうやって特許性(進歩性)が認められたのか〕
 審査では、蓋つきのRFID読取装置の引用文献1(特開2015-207119)と、前方と上方が開口した読取装置の引用文献2(特開2008-84058 )とを組合せれば容易として進歩性が否定された。
 文献1の技術は、客の存在する空間と読取装置の空間が連続しているために読取りに影響するという課題を解決するために蓋により密閉空間を作るもの。一方、文献2の技術は、上方と前方に開口をもつ読取装置。
 これに対して、出願人(アスタリスク)は、2つの技術を組合せることができないことを主張して特許された。引例1の読取装置で蓋を省略することは、密閉空間を作るという発明概念と矛盾するので組合せることができないと主張して認められた。(詳細には審査書類をご参照いただきたい。)